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留学に至るまでの経緯について
1. 自己紹介と研究分野
2022年9月よりStanford University Bioengineering Ph.D. Programに進学する藤田創と申します。東京工業大学にて学士・修士(専攻:生命理工学)を取得し、これまでの研究では、やわらかい無線通信型血糖値計測デバイスの開発に取り組んできました (Fig. 1) (H. Fujita et al., J. Mater. Chem. C, 9, 7336-7344 (2021).)。現時点での専門分野は、バイオエレクトロニクス (Bioelectronics) です。スマートウォッチのような生体計測デバイスは近年急速な発展を遂げていますが、測定可能な生体情報の種類および範囲が未だ限定的であるといった課題を抱えています。そこで、合成化学・電気化学・機械工学などの諸分野を駆使して旧来のデバイスの性能を改良するとともに、未だ対処されていない医療ニーズ (Unmet medical needs) にこれらの技術を応用していくことを同分野では目指しています。
進学先のStanford Universityは、世界トップレベルの研究競争力を有することに加え、医療機器の設計・開発に関する独自の教育プログラム (i.e., Stanford Biodesign) や起業支援プログラムを提供しています。これまでの専攻内容や研究内容を踏まえつつ、次世代のバイオエレクトロニクスとその応用を追究していく上で、Stanfordが私にとって最適な環境であることは疑い得ません。具体的な研究内容は未定ですが、医学部周辺の専門家とのディスカッションを通して解決すべき課題を明確にした上で、課題解決のための技術開発を工学部で模索していきたいと考えています。
2. 博士課程進学に至るまでの経緯
私が留学と初めて接点を持ったのは高校の時でした。ふとしたきっかけで、米ミシガン州の高校に1年間交換留学をしました。あくまで個人的な印象ですが、教育制度の柔軟さや対話を重んじる米国の風土は自分のスタイルに合っているように感じました。この経験を受けて、将来的な米国への学位留学を志しつつ、まずは日本で自分の好きなことを追求しようと思うに至りました。日米での高校生活を通じて、「化学に関わる研究に一生を通じて携わることが出来たら幸せだな」と思うようになりました。大学受験は国内か海外かで迷いましたが、最終的には、まず日本の大学で落ち着いて実績を積むことが、日本での生活が長い自分にとっては最善であると考えました。
そうした考えの元、東京工業大学に進学しました。私は学部1年次からiGEMと呼ばれる合成生物学の国際コンテストに参加をし、研究を行う上での素養を身につけるように努めました。その一方で、なかなか思うように結果が出ず、研究の厳しさと、現在の能力に見合った研究テーマを設定することの重要性を痛感しました。特に生物系の研究は一回の仮説検証のサイクルが比較的長く、自分でコントロールが出来ない側面も多くあったため、異なる研究分野を覗いてみたいと思うようになりました。
こうした経験を踏まえて、卒業論文研究では生物学ではなく、材料化学寄りの研究室を選択しました。配属直後に、血糖値計測デバイスの共同研究を前進させるために、自ら志願して橋本道尚先生(シンガポール工科デザイン大学)の研究室に短期留学をしました(Fig. 2)。HarvardでPh.D.を取得された橋本先生のご指導の元、最新鋭の印刷技術を援用したデバイス作製技術はもちろんのこと、質の高い論文を書くための文章作法や合理的な実験計画の立て方などを学びました。この経験を通して、海外のトップレベルの研究室には、「なぜその研究をするのか」という問いに対する答えをしっかりと認知・言語化出来る人材が集まっており、その環境に自分もなるだけ早く身を置かなければならないと感じるようになりました。学部4年次に海外大学院のPh.D. Programへの出願も検討しましたが、その時取り組んでいた研究テーマをもう少し時間をかけて探究した方が得るものが多いと考え、応募を見送りました。結果的に学部から取り組んできた血糖値計測デバイス研究の論文化は修士2年の始めになりましたが、学部の時に一度海外学位留学を検討したことで、自分に足りない要素を自覚し、それ以降の修士課程での研究期間を有意義に使うことができたと感じています。
3. 出願に至るまでのStanfordと私の接点
Stanfordと私の接点は3点あります。どれも偶然手にした機会でしたが、それぞれの機会を通じてStanfordで博士号を取りたいという思いが強まり、出願プロセスを頑張ることができました。もし自分がやりたいことができる唯一無二の場所があるのであれば、あらゆる手を尽くしてその場所と繋がりを構築しようと挑戦することが大事だと思います。自分にとっては、その場所こそがStanfordでした。
1) Stanford Electrical Engineeringでの短期滞在(学部4年次)
研究室の先輩がStanford Electrical EngineeringのAda Poon研究室に数ヶ月留学されていた際に、便乗して1週間ほど同研究室に滞在し、無線通信に関わる実験を行いました。パンデミックの影響もあり、その後実際の共同研究には至りませんでしたが、同研究室のメンバーからのアドバイスのおかげで、私が取り組んでいた血糖値センサの無線化に関わる実験が大きく前進しました。この経験から、Stanfordの中で巻き起こっている質の高いディスカッションにPh.D. studentとして自分自身も没頭したいと考えるようになりました。
2) Stanford Biodesign SeminarおよびHealthcare Hackathon (health++) への参加(学部3年次)
学部3年生の時に、Stanford Biodesign SeminarおよびHealthcare Hackathon (health++)への参加公募があり、運良くその選考を通過して1週間ほどStanfordに滞在しました。短い期間ではありましたが、デザイン思考を援用した医療機器開発について現地のInstructorや参加者と議論を交わすことができ、とても刺激的な時間でした。health++では、エジプト人、カナダ人、ブラジル人とチームを組んで、多剤耐性菌に対処するための遺伝子配列の解析プラットフォームを提案し、幸運にもGrand prizeをもらうことが出来ました(Fig. 3)。嬉しかった反面、自分の技術力が足りないことを痛感したので、日本に戻ってまずは血糖値計測デバイスの研究を頑張ろうと思いました。
3) Stanford d.school デザイン思考ワークショップへの参加(学部1年次)
東京工業大学では、定期的にStanford d.schoolの教員を招聘して、デザイン思考に関するワークショップを開催しており、学部1年生の時にそちらに参加させていただく機会がありました。
4. 推薦状について
第一志望のStanfordが推薦状を6通まで提出できたため、以下のような布陣(3通+Stanford用追加3通)で推薦状を依頼しました(Table 1)。頻繁にリマインダーのメールを送るように心がけました。
日本の大学/大学院出身の志願者にとって、優れた推薦状を準備することは非常に困難であるのが現実かと思います。主な要因としては1) 推薦者の執筆経験が少なく、効果的な推薦状を書けない、2) 志望先と推薦者の間の関係性が薄い、などが挙げられます。1点目については、質の高い推薦状の下書きを用意することでそれなりに解消されるかと思います。下書きの内容については、具体的な客観的事実を記述することが求められているように思います(もっと詳しく知りたい方はこちら)。また具体的な競争率に関する数字(例:所属していた学科内で上位□%の成績、研究室に週○日来て△時間実験)も盛り込めることが好ましいです。 2点目の志望先と推薦者の間の関係性の薄さに関しては、志望先の研究室/大学院にゆかりのある人と繋がることである程度解消されるかと思います。志望先の研究室/大学院にゆかりのある先生は世界のどこかに必ずいるので、その人と積極的に繋がりを持つことをお勧めします。まずはその人に志望先の研究室/大学院にて評価されるポイントを聞き込むと良いかと思います。もし関係性が深まれば、推薦状執筆を依頼してみてもいいかもしれません。自分の場合は、志望先の研究室/大学院でのポスドクなどの立場でご活躍されていた方々とイベント等で仲良くなり、その方々にStanford用に追加提出した推薦状の執筆を依頼しました。
5. 海外大学院留学向け奨学金の出願結果
海外大学院留学向け奨学金の出願結果に関しては、以下の通りです(Table 2)。
私の場合、日本の修士課程を経てからの進学なので、その点にご留意いただいた上で、本結果をご参照いただけますと幸いです。私は海外大学院への出願と並行して、東京工業大学の博士課程への進学も検討していたので、海外大学院留学向け奨学金の出願ピーク前に、日本学術振興会特別研究員制度(DC1)に出願していました。DC1の書類に関しては、博士進学を予定している友人とのピアレビューや、研究室のポスドクの方からの添削を活用して準備を進めました。DC1への出願プロセスで、既に研究計画に関する文章を高い質で準備できていたので、それを叩き台として、海外大学院留学向け奨学金の書類作成も効果的に取り組むことができました。DC1も奨学金も、論文業績が差別化要因になる可能性が高いので、可能であれば修士2年の序盤を目処に論文業績を一つ出すことを指導教員に意識付けしておくことが重要であるように感じます。
面接に関しては、実際に研究で作っているものを見せながらプレゼンテーションできたことが、とても効果的だったように感じます。幸運なことに、私が扱っているデバイスは自分の身体に貼り付けて面接官の方々にお見せすることが出来るので、面接序盤の良いアイスブレークになりました。もし肉眼で見えないものや持ち運びできないものを研究している場合でも、印象に残る説明の仕方はいくつかあるような気がするので、工夫を凝らしてみると良いかと思います。また奨学金の面接で面接官に刺さった点・刺さらなかった点を整理して、新たな面接の秘策を練っておくと、実際のPh.D. Programの面接に良い形で臨めるかもしれません。加えて、演劇の経験、そして学会発表やiGEMでのプレゼンでの学術的な質疑応答の経験があったことも、非常に大きかったと思います。
6. 出願結果と選考プロセスについて
出願結果は以下の通りです(Table 3)。色々な種類のプログラムに出願してみました。
合計で13プログラムに出願しましたが、StanfordのBioengineering Ph.D. Programの選考が最も大変かつ有意義でした。特筆すべき点は、面接が6回あったことです。約1週間の間、ほぼ毎日異なる専門分野の教員・学生と話しました。事前情報のインプットが大変でしたが、今まで触れてこなかった分野の文献を読む中で新たな発見もあり、楽しかったです。質問は本質を突いたものが多く、極め付けは、「もし研究資金が無限にあるとしたら、あなたはどのような研究を行いたいですか?(ただし倫理的規則や物理法則は変えられないものとする)」という質問でした。FOS選考委員の高橋先生にSoPを添削していただいた際に、「研究構想力を教員は重要視しているから、可能な限りその技量をアピールすべき」とアドバイスを頂いたのですが、面接で身を以てその言葉の意味を痛感しました。逆に質問を求められた場合には、「今後5-10年間の研究計画を教えてください」と聞いてみて、それに対する回答のうち、特に気になった点を更に掘り下げるような形で追加の質問する形が多かったです。最後の面接官は自分の第一志望の研究室の先生(バイオエレクトロニクス界の大御所)で、普通に臨むだけではアピール不足だと思い、今までの研究で苦労したこと・工夫したこと、および5年間の研究計画案をスライドにまとめてプレゼンをしました(Fig. 4)。FOS選考委員の加藤先生にSoPを添削していただいた際に、他の志願者と自分を差別化するためには「主観表現を押し出すことが重要」というアドバイスをいただいたことを思い起こし、今までの実験での苦労を思い出しながら感情豊かに思いの丈をぶつけました。幸いにも私の熱い思いが届き、最終的にその方からのAdmission committeeへの推薦が合格の決め手になりました。振り返ってみると、SoP執筆を始め、出願準備のプロセスに真剣に向き合った経験が、不確実性の高い面接プロセスを乗り越える鍵になったと思います。その他のプログラムは、自分から研究実績を紹介したのち、教員側からPh.D.プログラムの概要・今後アサインする予定の研究テーマを共有してもらう、といった一方通行のものが多かった印象です。
7. Stanfordへの進学を決めた理由
第一志望であったStanford Bioengineeringの他に、MIT Department of Materials Science and Engineering (DMSE) にも興味のある研究室が複数あったため、念のためMIT DMSEのVirtual visit (2月下旬)にも参加しました。Virtual visitでは、学生や志望先の教員にかなり突っ込んだ話を聞くことができました。MIT DMSEにも良い部分はいくつかあったのですが、かなり興味を絞り込まないと研究室を選べない側面があるように感じました。苦渋の決断ではありましたが、選択可能な研究室の多さと圧倒的なFunding resourceを誇り、Ph.D. studentがそれなりの裁量を持って研究を行えるStanford Bioengineering への進学を決めました。
Stanford BioengineeringのVirtual visit(3月上旬)は、MIT DMSEとは打って変わって、非常に盛り上がっていました(Fig. 5)。オンラインでも楽しめるような仕掛けがたくさん用意されており、実際に現地に移ってからストレスなく研究生活を送る自分の姿を容易に想像することができました。また2日間で沢山の教員、学生、卒業生、合格者の話を沢山聞くことができ、人的交流を重要視する雰囲気を感じ取りました。
Stanford Bioengineering とその周辺には、バイオエレクトロニクスに関わる教員と研究室が数多く存在します。正直選択肢が多すぎて困っていますが、柔軟なRotation systemの元、自分に合った研究室をじっくりと吟味していきたいと思います。